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広島高等裁判所岡山支部 昭和43年(く)7号 決定

主文

原決定を取り消す。

原裁判所に対する岡山地方検察庁津山支部検察官の昭和四三年八月三〇日付移送の請求はこれを却下する。

理由

本件即時抗告申立の要旨は、原裁判所は、昭和四三年九月六日表記被告事件を鳥取地方裁判所米子支部に移送する旨の決定を行ったが、同事件は同年四月三〇日右米子支部に公訴が提起され、現に同支部に事件係属中の被告人に対する常習賭博被告事件と同一の事件であるから、刑事訴訟法第一一条第一項により、後に公訴の提起された同事件の公訴は決定でこれを棄却されなければならないものである。従って、原裁判所が、弁護人のその旨の申立を無視して、右のごとくこれを前記米子支部に移送する旨決定したことは、明らかに右法条に違反する不当な措置であり、ために被告人は、二重の逮捕、勾留、保釈の制約から免れることもできず、著しくその利益を害されるから、その取り消しを求めるため本件即時抗告の申立に及んだものであるというのである。

そこで記録を検討するのに、本件被告事件は、昭和四三年五月一一日原裁判所に公訴の提起がなされたが、同事件は、これよりさき同年四月三〇日鳥取地方裁判所米子支部に田邨朋之外七名と共に公訴を提起された所論の常習賭博被告事件と同一の事件であることが判明したため、検察官からこれを所論の常習賭博事件と併合審理のうえ一個の判決がなされるべきであるとして、刑事訴訟法第一九条第一項による米子支部への移送の請求がなされ、同年九月六日原裁判所においてその旨の決定が行われたものであること、他方、弁護人は、これに先立つ同年五月二一日、原裁判所に対し、本件抗告の理由と同一の趣旨で同事件に対する公訴を棄却すべきことを上申するとともに、右移送の請求に対しても、右と同様の理由を具申して極力これに反対したことが明らかである。

ところで刑事訴訟法第一九条第一項による事件の移送は、当該事件について土地管轄を有する他の事物管轄を同じくする裁判所に一の事件を移転する場合の規定であって、その移送を受ける裁判所に当該事件と同一の事件が係属している場合、または事件以外のものを移転する場合はこれに含まれないものであるところ、本件においては、右のように原裁判所が米子支部に移送した本件常習賭博事件は、すでに同支部に事件の係属していた前記常習賭博事件と同一の事件であることが十分判明するに至っていたところであるから、同事件については、もはや、原裁判所は同法条による事件の移送はできず、同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属するものとして、同法第一一条第一項、第三三九条第一項第五号に則り、決定でその公訴を棄却するのほかはなかったものというべきである。もっとも、実務の取扱いにおいては、往々、同一裁判所に対する同一事件の内容の追加的変更による事項を誤って追起訴の形で行われた場合においても、一般にその追起訴状の提出は同一犯罪事実に関し重ねて公訴を提起したものではなく、本起訴状にもれた犯罪事実を追加補充する訴因の追加的変更の趣旨で差出されたものと解し、被告人の側において異議のないかぎり、特にこれについて正規の訴因変更の手続きないし公訴棄却の言渡しをすることを要しないものとする取扱いが行われているところであるが、これはあくまでも同一裁判所に対する訴訟経済の面よりする便宜的な救済措置にすぎないものであって、本件のごとく国法上も全く別異の裁判所に対する、しかも前記のように弁護人においてその移送に極力反対し、強く公訴棄却の決定を求め、かつ、その公訴棄却の実益こそあれ弊害など全く考えられないというような案件にまでこれを押し及ぼすべき性質のものでないことはいうまでもないところである。

とすると、右に反して、刑事訴訟法第一九条第一項により本件被告事件を鳥取地方裁判所米子支部に移送した原決定(従ってその移送を求める検察官の請求も)、これら法条に違背する不当なもので著しく被告人の利益を害することが明白であるから、本件即時抗告はその理由があり、原決定はとうてい取り消しを免れない。

よって刑事訴訟法第四二六条第二項により原決定を取り消し、検察官の本件移送の請求を却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡辺雄 裁判官 石田登良夫 岩野寿雄)

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